2019年04月06日

カルマは恐い?

『カルマ』

インドで古代より使われている

サンスクリットの言葉です。


業(ごう)とか輪廻とも訳され、

何だか恐いイメージもありますが、


シンプルに

「原因」

「結果」

「行為」のこと。


日本語でも英語でも

「原因」と「結果」は

別々の単語として区別されますが、


インドの言葉では同じなんですね。


そんなところにも

インドの奥深さが

感じられます。


なぜ同じなのでしょうか?


原因という目に見えないものが

目に見える形となったのが

結果だから。


種として眠った状態で

可能性を宿しているのが

原因。


それに何らかの刺激など

働きかけがあって

芽が出て

葉を広げ

花を咲かせて

実を結んで…

と一連の変化のプロセスがあり


私たちに何らかのインパクトを

与える状態になった時に

結果と呼んでいるわけですね。


原因には結果が含まれ

結果には原因が含まれるので


「本質は一緒」ってこと。


私たちはどうしても

目に見えて分かりやすいもの

=結果に

とらわれてしまいがちですが


目に見えない原因

例えば心や思考、感情、感覚と

いったものにも

ちゃんと意識を向けていくと

カルマという因果関係が紐解けて

スムーズに

物事を運べるようになってきます。


この因果関係が1対1で

シンプルに完結できれば

良いのですが


鶏が先か卵が先かといったように

どっちが原因でどっちが結果か

分からないグルグル状態になると

輪廻とか業になります。


これには、もうひとつ別の意味である

「行為」が大いに絡んできます。


「原因」から生み出された「結果」

その「結果」を今度は「原因」にして

そして新たな「結果」へと

進化させていく要因に

「行為」はなり得るわけです。


だからこそ、このたった一語の

カルマという言葉には

「どんな行為をするにも注意しなさいね」

といった教えが

含まれているような気もします。


「サンスクリット」という言語名自体が

「神の言葉」という意味なのも納得です。


音的にはセイント・スクリプト

=聖なる神のシナリオとも取れます。


話が少しそれましたが

「行為」は原因のすべてではないけれど

原因の一部になり得るもの。


原因の中でも

私たち自身が自分で

コントロールできる種類の原因

という点では


カルマは恐さより

むしろ希望にもなるのでは

ないでしょうか。


自分の思考や行為を変えることが

生み出す結果を変えるなら

試してみる価値がある


そんな小さな一歩を

自分で選択していく人生こそが

慌ただしく移りゆく時代を

自分らしく

しっかりと歩んでいくカギに

なるのではないかなぁと思います。


こうした原因と結果を

双方向から

俯瞰できるようになれば

本質的な気づきや学びも

得やすくなるでしょう。


ひとりで内観する時間を持てれば

素晴らしいこと


そして、時には誰かとシェアすれば


より客観的になれ

学びや気づきが相乗的になり

加速するのも事実です。


アーユルシンフォニーでは

何気ない日常の出来事から

生涯の大事件と言える出来事まで

おしゃべりする中で

思考や感情をスッキリと整理しながら

気づきや変容が起きるような

時間や空間を提供しています


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posted by アーユルシンフォニー at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記